Hindu Rope
ゆったりとした衣装を身に纏い、頭にターバンを巻いたバラモンの行者が、衆人環視の屋外で脅威の技を披露します。行者は長いロープの端を持ち、おもむろに空に向かって投げ上げます。するとロープは自分の意思を持つかのように、するすると伸びていき、濃いもやの中へと吸い込まれていきます。観衆が空を見上げる中、1人の少年がそのロープをよじ登っていきます。少年がもやの中へと吸い込まれていったその時、ロープだけが、魂が抜けたように地上へと落ちてきます。
いくつかの伝説では、登った少年の後を行者がナイフを持って追いかけていき、2人とももやの中へ消えた頃、少年のバラバラになった体が落ちてくるとか、さらに、地上に戻った行者がそのバラバラになった体を元に戻すといった行き過ぎた話も見られます。話に尾ひれがつくのは仕方ないとして、少なくともロープが空中へと伸びていき、少年が登り、その後ロープだけが落ちてくるというのが、共通のテーマになっているようです。
インドで行なわれる独特な雰囲気をまとったマジックは数々ありますが、その中でも最も驚異的なものといえるでしょう。あまりに驚異的過ぎて本当に存在するのかどうかさえ疑わしいのですから。実在するかどうかはともかく、この現象がマジシャンの興味をかきたてたのは間違いなく、ステージ上で再現させたマジシャンがたくさんいます。
インドの綱
奇跡・大魔法のカラクリ
p.108
4ページほどのボリュームで、ヒンズー・ロープの現象の解説と、実現可能性を冷静に分析した記述があります。ウォルター・ギブソンがこの本を書いた当時でも、ヒンズー・ロープの存在を否定する人たちは大勢いました。しかし、その理論はあまりにも弱く、集団催眠だったと力説する評論家も多くいたのです。現代の感覚なら、科学的なトリックを用いるより、催眠術で実現する方がよっぽど難しく思えるところですが、当時は催眠術説も意外と受け入れられていたようです。そんな中にあって、ウォルター・ギブソンは冷静に催眠術説の弱点を突いています。最終的にはあるともないとも結論付けていはいません。(2010.11.21)
ヒンズー・ロープ・トリックについての短い序文
世界のロープマジック1
p.259
ピーター・ラモントが寄せた3ページほどの序文。序文ですのでトリックの解説はありませんが、ヒンズー・ロープの数々の伝説の真偽を検証しつつ、その魅力を語っています。1890年のシカゴ・トリビューンの記事についての報告は、真実に限りなく近づいているようです。(2010.11.27)
ルパート・スレイダーのモス(蛾)・アンド・ロープ
世界のロープマジック1
p.262
詩を朗読しながら演じる幻想的な作品です。ヒンズー・ロープそのものではありませんが、ヒンズー・ロープ伝説に出てくる1人の少年になぞらえて、一匹の蛾がロープを登っていく様子を情緒豊かに再現します。45センチほどの太いロープを紙で作った蛾がゆっくりと登っていき、ロープの上まで辿りついた時に、フッとその姿が消えてなくなります。準備は大変ですが、ストーリー重視のシンプルな現象です。(2010.11.27)
ポケット・ヒンズー・ロープ・トリック
世界のロープマジック1
p.265
この作品もヒンズー・ロープそのものではありません。少年がロープを登った後、術者が手を叩くと少年とロープが一瞬で消えるという伝説を再現させたシド・ロレインの作品です。タイトルの通り、小さなスケールで再現します。実際にインドで行なわれたヒンズー・トリックに使用されたロープの一部だと言って、5センチほどのロープを取り出し、この小さなロープを一瞬で消すという小品です。小品だけあって、1ページにも満たない解説です。(2010.11.27)
バニシング・ボーイ
世界のロープマジック1
p.266
コリンス・ペンツによる、ヒンズー・ロープそのものを舞台上で再現させた作品です。忠実に再現しつつも大掛かりにはならないように配慮されています。再現した現象は次の通りです。
- 空中にロープを投げ上げるが一度目は失敗
- もう一度投げるとロープが天井に向かって真っ直ぐになる
- 少年がロープを登る
- 天井付近まで登るとスモークが少年を覆い、その姿が見えなくなる
- ロープだけがストンと落ちてくる
1ページ強のボリュームで、1枚のイラストを添えて解説されています。簡単ではありますが、必要にして充分な解説です。(2010.11.27)
ダニンガーの東インドのロープ・トリック
世界のロープマジック1
p.267
ヒンズー・ロープの伝説を舞台上で再現する方法として、もっとも実用的なものとして紹介されています。この作品では、伝説の不可思議な現象を再現しつつも、ステージマジックらしい味付けが施されています。
- 舞台中央にはぐるぐる巻きにされたロープがある。
- 術者の合図で片方の端が天井に向かってするすると登っていく
- 少年がロープを登る
- 術者ははしごを昇り少年に黒い布を被せる
- はしごを降りた術者がピストルを鳴らすと、布とロープだけが落ちてくる
舞台には特殊な装置を必要とせず、比較的安価に実現できるため、どこの舞台でも実演できるようになっています。最も実用的と紹介されているのも、こういうところがポイントなのでしょう。2ページ強のボリュームで11枚のイラストが添えられています。(2010.11.27)
スベンガリのロープ・クライミング・トリック
世界のロープマジック1
p.269
W.T.ローヘッド氏に教わった方法として短い解説があります。ロープを投げ上げて空中に引っ掛けて、6メートル程頭上に伸びたロープを少年が登っていき、その後降りてきます。マジシャンが号令をかけるとロープが落ちてきます。いたってシンプルな現象に纏めてあり、解説もわずか11行です。
この解説はちょっと腑に落ちません。そもそも実現可能性が低いような気がします。また、W.T. ローヘッド氏というのがマジシャンなのかどうかも良くわかりません。ローヘッド氏なる人物が、著者のスチュワート・ジェームス氏に教えたのなら、なぜタイトルは「スベンガリの〜」なのでしょうか?
現象の説明とトリックの解説(11行)があり、その後に「発見」と題した1ページ弱の文章があるのですが、これもまた良くわかりません。この文章によると、W.T.ローランド氏(W.T.ローヘッド氏とは別人か?)が、インドを旅行した人たちから20年もの間聞き取り調査をして、ついに位の高いバラモンの口から直接その秘密を聞き出したとあります。旅行者に聞き取り調査をしていたくらいですから、実際にインドには行かなかったのでしょう。にも関わらずバラモンから直接聞いたということは、バラモンが彼の地元にでもやってきたのでしょうか?位の高いバラモンだというのに旅行でもしていたのでしょうか?手順の解説よりも長い文章で語られたこの「発見」という物語自体、とても信憑性の低いもののような気がします。(2010.12.05)
J.K.ライトのインディアン・ロープ・トリック
世界のロープマジック1
p.270
また謎です。「J.K.ライトの〜」とありますが、インドでバラモンが行なっていたヒンズー・トリックそのものの仕組みが解説されています。ある部品について「以前は、厳選されたチーク材を彫ったものを使っていましたが〜」と、いかにも真のトリックを知っているかのような文章なのも不思議です。その部品の構造までイラストで詳細に示されている事や、扱い方の難しさまで解説してあるところをみると、本当にその道具を使って演じていた人から、直接話を聞いたとしか思えません。もしかすると、前述の W.T.ローランド氏の「発見」という文章は、こちらの章にかかっていたのでしょうか?やっぱり、よくわかりません。(2010.12.05)
デイビッド・デバントのヒンズー・ロープ・トリック
世界のロープマジック1
p.272
やっと安心の解説が出てきました(笑)。デイビッド・デバントがロンドンで演じたトリックについて、デバント本人が解説しています。4ページほどの解説でイラストは一切ありません。右脳を働かせて読み解きましょう。この作品を演じたデバントはロンドンで、「ヒンズー・ロープ再現できた唯一のマジシャン」と呼ばれたそうです。実際には全く同じ手順ではありませんし、ステージ上で実演しているし、さらには余計な演出も含まれていますので、完全な再現ではありません。それにも関わらず「再現できた唯一のマジシャン」と呼ばれたということは、よっぽど魅力ある演技だったのでしょう。
現象は次の通りです。
- スタンドの上にある大きめの籠からバラバラになった人の体を取り出す
- 体のパーツをバスケットに戻して布をかけると、徐々に布が盛り上がってきて、布を取り去ると中からインド人が登場
- 舞台中央に垂れ下がっているロープを少年が登り、姿を消す
- 舞台上のダイニング・テーブルを2枚のスクリーンで一時的に覆う
- インド人がスクリーンを外すと、ダイニング・テーブルは珊瑚でできた洞窟のセットに変わっていて、その中には女性が座っている
- インド人が少年を追いかけてロープを3メートル程登る
- デバントがピストルを鳴らすと、インド人が一瞬で消え、少年の体がバラバラになって落ちてきて、女性も消える
実際に演じるには相当な手間がかかります。彼のほかの作品と同様、複雑な装置を使っています。こういった作品を数多く手がけてきたデイビッド・デバントならではの作品でしょう。(2010.12.05)
イースト・インディアン・ロープ・トリック
世界のロープマジック1
p.276
フェリックス・コリム氏の解説です。こちらの作品は、ロープがスルスルと天井に伸びていき、それを少年が登り、マジシャンの合図で少年が消えてロープが落ちてくるという、シンプルな現象を再現しています。派手な演出を取り入れていない分、装置も簡単です。どの劇場に行っても困る事はなかったでしょう。目の肥えた観客に対して、興行のトリを飾るほどのインパクトはなかっただろうと思いますが、カモフラージュのために施したセットへの工夫は、観客にこの作品を強く印象付けたでしょう。5枚のイラストを添えた2ページ強の解説です。(2010.12.05)
空から子どものバラバラ肢体
大魔術の歴史
p.99
高木重朗氏による解説です。第5章「人体浮揚編」の一節として「ヒンズー・ロープ」を取り上げています。様々な文献から伝説を取り上げつつ、冷静に分析した文章で、タネの解説ではありません。ハワード・サーストンのステージの様子を写した写真が一枚掲載されています。3ページほどの短い文章ですが、この大魔術のなりたちから近代のステージに至るまでの歴史が簡潔にまとまっています。(2010.12.12)
インド・ロープ 〜 杭州の奇蹟 〜
アブラカダブラ 奇術の世界史
p.58
14世紀、北アフリカ生まれの大旅行家、イブン・バットゥータが書き著した「三大陸周遊記」に見られる、ヒンドゥー・ロープを見たという記述が引用されています。また、ヨーロッパで魔女狩りに敢然と立ち向かったヴィールスの著作からも、ヒンドゥー・ロープの記述が引用されています。他にも、インドや中国に見られる似たような記述が引用されていて、当時世界中にこのマジックの存在が語られていた事が伺えます。
そもそもヒンドゥー・ロープというマジックは存在しないと主張する人は、ある新聞のでっち上げ記事を引き合いに出しますが、その詳細についても語られており、興味深いところです。しかし、著者の前川氏は「頭から荒唐無稽な虚構と否定するのも科学的な態度とは言いがたく、太古には実在したが、なんらかの原因でその秘伝が失われた奇術と考えるべきだろう」と結んでいます。(2010.12.26)
Myth or Magic
The Illustrated History of Magic
p.1
「The Illustrated History of Magic」の冒頭を飾るのがヒンズー・ロープです。やはりマジックの歴史を語る上では必須なのでしょう。前述の何冊かの本でも参考文献に上げられています。1355年、イブン・バツータの旅行記に描かれてから有名になっていったことをはじめ、その後のマジシャン達がこの作品に取り組んでいた様子が語られています。ヒンズー・ロープに割かれているのは6ページほどで、そのうち1ページはル・ロイ & タルマ & ボスコ の3人組のポスターで、少年がロープをよじ登っていく様が描かれています。別の1ページにはハワード・サーストンがステージで演じた時の写真が掲載されています。この写真は「大魔術の歴史」に掲載されているものと全く同じですが、4倍ほどのサイズでより臨場感を感じる事ができます。(2011.01.23)