All Backs
マジシャンは一組のデックをファンに広げ、両面を示します。表も裏も普通のカードである事がわかります。ところが、ファンを閉じて1枚のカードを取り上げ、よく見ると両面とも裏模様になっています。両面が裏模様になってしまったカードをデックに戻すと、他の51枚のカードも全て両面が裏模様になってしまいます。
その後、両面が裏模様のカードを1枚取り上げ、左腕の上で振ると、ちゃんと表面のある普通のカードに戻ります。そのカードをデックに戻した瞬間、他の51枚も全て表面のある普通のカードに戻ります。
ダイ・バーノンの名作のひとつです。
裏の裏
カードマジック大事典
p.339
1949年発行の Hugard's Magic Monthly Vol.7 で発表された、ダイ・バーノンの手順です。これが原案と言えそうですが、バーノン自身は1930年代にはこの手順を完成させていたそうです。この作品は仕掛けのないデックで実演できるのですが、現象が強烈すぎて両面裏のカードが実際に存在するような感覚を与えてしまいます。それを警戒して発表を控えていたほどの作品です。インパクトが強い作品でありながら、なぜか日本ではあまり演じられていないような気がします。なお、ノーマル・デックで実演する作品ですが、多少の準備は必要です。
2ページ強で簡潔な解説ですが、全く実演を見たことがないとしたら、理解が難しいかもしれません。マジックを文章で解説することの難しさを感じます。写真が添えられてはいますが、動画か生のパフォーマンスを一度見てみることをお勧めします。(2015.04.26)
オール・バック
〜All Back〜
カードマジック事典
p.321
この解説では、原案よりも技術的な難易度が少し下がっています。しかし、その工夫によって観客から見たときに不自然さを与えてしまうというマイナス要素が含まれてしまいました。デックの半分を少しずらした状態にして、全体をひっくり返すというのは、よほどの理由付けがないと不自然さが際立ちます。そのうえ、前後にずらすケースと左右にずらすケースがあることで、さらに注目を集めてしまいます。シンプルでインパクトの強い現象ですから、手順を複雑にしたり不自然にしてしまうのは勿体ないところです。この手順でも充分に反応は得られると思いますが、技術レベルが上がってきたら、ぜひ原案の手順や、もっとスピーディーな改案にトライしてほしいところです。
事典ですので手順は箇条書きでシンプルに書かれています。作品によってはイラストが1枚もなかったり、1ページにも満たないボリュームで解説されていたりしますが、この作品は異例の7枚のイラストを添えた解説になっています。それだけ、説明しにくい不自然な動作があるということでもあります。(2015.05.03)
All Backs
Stars of Magic 4
演技 : Chapter10
解説 : Chapter11
All Backs の現象にカード当ての演出を加えたデレック・ディングルの改案作品です。ただ、観客から見た印象はおそらく逆で、カード当ての最中にカードが全て裏模様になってしまうというアクシデントが加わったように感じる作品です。原案の現象はとてもシンプルですので、手順を複雑化するのはデメリットになりますが、この作品のように現象自体が複雑になっているケースでは色々なテクニックが使えます。ディングルの改案ではそういうケースが多いような印象を受けますが、この作品もその例に漏れません。現象が複雑ですので、観客にとってわかりやすいような見せ方や演技のスピードには工夫が必要ですが、それをクリアできれば面白い作品です。
マジシャンは、途中で全てのカードが裏模様になっていても全く動じずに、ダイヤの3でしたか?とかハートのキングではありませんでしたか?と聞きながら次々と裏模様のカードを見せていきます。観客は、言われたカードと覚えたカードが違うので「違います」と答えますが、もちろん内心では「いや、裏模様だし」と思っている事でしょう。バカバカしいやり取りに付き合わされながらも、どのカードを裏返してもいつも裏模様が出てくる事を繰り返されているうちに、おかしな世界に引きづり込まれます。最後にはちゃんと表面のある通常のデックに戻します。表向きにテーブルに広げると1枚だけ裏向きのカードがあります。それが観客の選んだカードだったという流れです。これをノーマルデックで実現していますので、技術的な難易度は高めです。(2015.05.10)
オールバック
スピリット百瀬レクチャービデオ カード編
演技 : Chapter37
解説 : Chapter38
スピリット百瀬氏によって、準備なしで始められる手順が実演・解説されています。この手順では、始めにノーマルなデックを観客にシャッフルしてもらうところから始められますから、一度マスターすれば重宝する事間違いなしです。カード当てなどの余計な要素は加えられていませんので、観客が受ける印象は原案と同じです。見事な改案だと思います。ほとんどテーブルも必要としませんので、ストリートマジックにも向いているかもしれません。さらに、演技の終わりにも観客にデックを手渡しできますし、準備なく始められるという事はそのまま次の観客に披露する事もできますので、テーブルホッピングにも向いているのではないでしょうか。
技術的な難易度は比較的高めですが、手先の問題よりも、見せたい現象をきちんと表現できるかどうかが腕の見せ所です。ただ淡々と演じてもそこそこの反応は得られますが、きちんとストーリーに乗せて分かりやすく表現できれば、観客の記憶に残る名作になります。プロットはとてもシンプルですので、極力オーバーな動きをせず、自然にカードを扱う事が成功の秘訣だと思います。また、たとえ自然に振舞えたとしても、観客が一生懸命ついていかなくてはいけないようなスピードでは、これも手先でごまかしたような印象を与えてしまいます。相手のスピードで、ゆったりと自然に演じましょう。(2015.05.17)
選ばれたカード使って行う「裏の裏」
デレック・ディングル カードマジック
p.390
「Stars of Magic 4」に収録された手順とほぼ同じです。ハンドリングに若干の違いは見られますが、DVDの演技の方がスムーズに見せられるような気がします。文章で説明しにくい動作が多いので、翻訳者の角矢幸繁氏も大変だっただろうと思います。イラストも数枚しかないので余計に難しく感じます。「Stars of Maigc 4」をお持ちでなければ、販売元の Murphy's magic のサイトでデモ動画を見てみる事をお勧めします。実演部分だけですが、参考になるはずです。Murphy's Magic のサイトのトップページから [All Backs] で検索するとすぐに見つかります。
また、手順の後半に「ケリー・ボトム・プレースメントを行い〜」と当然のように書かれていますが、その説明はありません。古くからある技法ですので常識として省かれたのかもしれませんが、この技法は調べようと思ってもなかなか文献が見つかりません。技法解説として取り上げられる事は少ないようです。日本語の文献としては「ターベル・コース第3巻」の180ページに「フランク・ケリーのボトム・プレイスメント」として解説が見られます。(2015.05.24)
色とりどりな「裏の裏」
デレック・ディングル カードマジック
p.378
デレック・ディングルの改案です。「演技の途中に両面とも裏模様になってしまう」という現象に「最後にデックの裏模様の色が全部変わる」という現象を重ねてきました。普通なら考えない組み合わせだと思いますが、これをやってしまうのがディングルらしいところです。現象が複雑化しますが、そんなことはお構い無しに、パズルを解くようにアイディアを注ぎ込んだのでしょう。特殊なカードを使って、事前の準備も必要で、そこそこの難易度のテクニックをいくつも盛り込むことで、ようやく実現出来る、そんな作品です。
観客から見た流れは次のようになります。青裏のデックを取り出し、表向きにデックを広げながら4枚のAを探して、1枚ずつテーブルに出していきます。デックを裏向きにしたら、Aを1枚ずつ離れた位置に裏向きに差し込んでいきます。裏向きのデックにAがバラバラに挿入された状態です。このバラバラのAを1枚ずつ見つけていくマジックを行おうとした瞬間、デックは全て両面とも裏模様になってしまいます。デックを広げてみても裏模様、全体をひっくり返してから広げてみても裏模様です。それでもマジシャンは4枚のAを見つける作業にチャレンジします。カットして1枚のカードをテーブルに出す、そんな作業を4回繰り返します。今、テーブルにはAと思しき4枚のカード、マジシャンの手には残りのデックがありますが、全て裏模様なので区別がつきません。そこで一計を案じたマジシャンは、左手に持ったデックを軽く弾き普通のカードに戻してしまいます。デックを広げると、そこには当然のように表面が並んでいるのです。続いてテーブルの4枚も普通のカードに戻すと、その4枚がAであることがわかります。
と、ここまででも充分なのですが、このあと、先ほど表面が戻ってきたデックの方を裏返してテーブルに広げると、全て赤裏になっているというオマケつきです。マジシャン向けでしょうか。かなりの意欲作ではあります。(2015.05.31)
3回色変わりをする「裏の裏」の4枚のA
デレック・ディングル カードマジック
p.383
デレック・ディングルの改案です。と、わざわざ言う必要もないほどディングルらしい作品です。タイトルを見たときには何かの間違いかと思いましたが、英語のタイトルは「Triple Color-Changing All Backs Aces」ですので、結構そのままの翻訳です。「3回のカラーチェンジ」「All Backs」「4 Aces」。どの現象も個別の作品として成立する現象ですので、それを1つにまとめてしまうことについては賛否が分かれる所だとは思いますが、その議論はさておき、まとめてしまえるその力量には圧倒されます。この難題に対する答えを出せと言われても、そうそうできるものではありません。観客から見た現象を書いておきますが、面白い設定で話が進みます。マジシャンは、ギャンブラーを相手に「4枚のAを使ったマジック」を見せようとするのですが、ギャンブラーは"トリックカードを使っているだろう"と難癖をつけてきます。そんな2人のやり取りを観客が見ているという設定です。
まず、青裏のデックから4枚のAを取り出してテーブルに置いておきます。残りのデックは裏向きのまま4つに分けてテープルに並べます。4つに分けたそれぞれのパケットの中に、先ほどのAを1枚ずつ裏向きにして戻していきます。4つのパケットを集めて一組のデックに戻します。ここまでで、青裏のデックの中にバラバラに青裏のAを差し込んだ状態になっています。
ここからマジックが始まりますが、さっそくギャンブラーから"特殊なカードを使っているだろう"と疑いがかけられます。マジシャンは青裏の普通のカードであることを示すために、トップの何枚かを表向きにしたり裏向きにしたりして見せます。それでもギャンブラーは信用せずにデックを取り上げてしまいます。ギャンブラーがデックを広げると全て両面が青裏のカードになっています。マジシャンはデックを取り返すと"4枚のAを取り出すのに、何か問題でもあるのか?"と言って、次々とAを取り出してテーブルに並べていきます。その様子を見ていたギャンブラーは怒りだします。"両面が青裏のデックだし、4枚のAは全部赤裏じゃないか"と言いながら、4枚のAをひっくり返すと確かに4枚とも赤裏です。もう、おかしなカードだらけです。それでもマジシャンは冷静に、"確かに私が持っているのは青裏のカードですが、両面が青裏ではありませんよ"と言うと、手に持った青裏のデックをひっくり返して開いて見せました。そこには表面がちゃんとあり、普通のカードにしか見えません。結局マジシャンは青裏の普通のデックを使って4枚のAを取り出したのです。そして取り出したAが赤裏に変化したということでしょうか?ギャンブラーも観客もクエスチョンマークが浮かぶ中、マジシャンはだめ押しの現象を起こします。たった今青裏のデックをひっくり返して表面が復活していることを見せたばかりなのに、もう一度裏返してテーブルにスプレッドすると、なんと全て裏面が【黄色】になっているのです。
マジシャンもギャンブラーもデレック・ディングルが一人で演じています。現象が複雑な上に設定も複雑ですので、真似をするならかなりの演技力が要求されます。しかし、思い切って2人のマジシャンがコンビで演じてはいかがでしょうか?これなら、実際のマジシャン同士の掛け合いになり、見ている人にも分かりやすくて斬新な演出になりそうです。(2015.06.07)
表と裏
〜 Back Orderd 〜
パケット・トリック
p.51
マックス・メイビンによるパケット・トリックです。オール・バックの流れを汲む作品ですが、52枚ではなく、4枚のパケットで現象を起こします。表向きの4枚のカードが1枚ずつ裏向きになるのは、「Twisting The Aces」ですが、それとは違い、1枚ずつ表面が裏模様になっていく、という現象になっています。違いがわかりにくいですが、1枚の裏模様が見えるようになっても、それはひっくり返ったのではなく、表面のデザインが裏模様に変わったという演出です。そのため、そのカードの裏面を見せると裏模様のまま、つまり両面が裏模様になってしまうのです。最後には、表面の4枚を1枚ずつ見せて、全てが裏模様であることを確認し、その後パケット全体をひっくり返して、裏面も全て裏模様のままであることを見せます。まさにオール・バックです。さらに、一瞬で表面を取り戻す瞬間も鮮やかです。
途中でカードの順番や表裏の関係がごちゃごちゃしてきますが、それはマジシャン目線でのことであって、観客にはクリーンに見えるように工夫されています。また、パケット・トリック特有の手つきの不自然さが散見されますが、オフビートのタイミングをうまく作れば軽減できるところです。(2018.03.25)
オール・バック
ステップアップ・カードマジック
p.105
氣賀康夫氏の改案です。事前のセットや前半の手順はバーノンの原案と同じですが、後半は独自の見せ方になっています。「多くの演者は、後半でヒンズー・シャッフルを用いた見せ方を好んで演じているが、このあたりになると観客にはしつこく感じられる」という持論を元に、あっさりとクライマックスに導いていく手順になっています。
前半部分が終わり、どのカードも裏表が同じ模様になったことを見せたら、すぐに左手に持ったデックに右手をかざします。一瞬覆うだけで、手を退けた時にはデックのトップカードは表面に変わっています。続けてデックをファンに開くと、全てが表面になっているというあっさりしたエンディングです。
多くの改案のように、ヒンズー・シャッフルを使って全てのカードの両面を見せ、どのカードも両面が裏であることを畳み掛けるように見せるやり方も、決して悪いとは思いません。しかし、この氣賀氏の方法も、大人のスマートさを感じる名手順だと思います。(2018.05.13)
All Backs
FAVORITES
演技 : Title1/Chapter11
解説 : Title1/Chapter15
ロベルト・ジョビーがお気に入りのマジックを演じて解説した9作品を収めたDVD「FAVORITES」で、アレックス・エルムズレイの作品として「All Backs」を実演・解説しています。バーノンとは違うアプローチをとっており、こちらの作品も独特な魅力を持っています。
両面とも裏模様のデックを使って「Cutting the Aces」を演じるという流れです。マジシャンは、カットしたところからスペードのエースが出てきたと言いますが、両面を確認しても裏模様にしか見えません。でもそのままスペードのエースをテーブルに出して演技は続行します。ハートのエース、クラブのエース、ダイヤのエース、と次々にエースを取り出していきますが、両面とも裏模様のカードが4枚並んでいるようにしか見えません。ところが、残りのデックの上に右手をかざすと突然数字とマークが書かれた表面が現れます。そのままファンに広げると全てのカードの表面が確認できます。通常のデックに戻ったようです。と同時にテーブルの4枚のカードも表面が復活したようで、1枚ずつひっくり返すと、それぞれスペード・ハート・クラブ・ダイヤのエースであることが確認できます。
同じテクニックが4回繰り返されることでトリックアウトしやすい部分がありますが、全体的にインパクトの大きい現象です。(2020.08.16)
オールバックの手順構成
松田道弘のオリジナル・カードマジック
p.60
松田道弘氏の改案です。「1組が全部裏ばかりの状態になってしまうというのは、言ってみればジョークの世界のはずです。ジョークを延々と見せられたのではたまったものではありません。私はこのアイディアはジョークとして短く演じた方が効果的だと思うのですが…。」という指摘はごもっともだと思います。きっと松田氏は長めの手順を見せられて辟易としていたのでしょう。個人的には他の多くの作品も決して長すぎることはないと感じますが、これらが長く感じるというだけあって、松田氏の改案は短すぎるくらいあっけなく現象が起きます。
All Backs は、全てのカードが両面とも裏模様になったように見せる作品ですが、ダブルバックカードというトリックカードの存在を感じさせてしまうため、バーノンは作品の発表をためらったと言います。ノーマルデックで演じたとしても、ダブルバックカードの存在をほのめかすわけですから、その懸念は納得できます。しかし、現在では色々なデザインのカードを一般の方でも目にしている時代です。ことさらにダブルバックカードの存在を隠す必要もないのかもしれません。それを踏まえてか、松田氏の改案では実際にダブルバックカードだらけになります。
ノーマルデックを使用した作品よりもこの改案が優れているかというと、評価が分かれると思います。(2022.02.20)
おもてなし
〜 All Backs 〜
カード・マジック宝石箱
p.77
氣賀康夫氏の改案です。ステップアップ・カードマジックでも改案を発表されており、それがさらに洗練された印象です。準備の段階で多少の差がありますが、どちらの作品も観客から見た印象はわかりやすく、すっきりしています。また、観客を飽きさせないためにしつこく畳み掛けるような演出を避けていることや、観客から見た現象をすっきり仕上げられるのなら事前の準備が必要でも構わない、というスタンスは共通しています。
ステップアップ・カードマジックの作品は文章で学ぶことしかできませんでしたが、カード・マジック宝石箱ではQRコードからご本人の実演動画を見ることができますので、ぜひ観客側の目線で印象の違いを体験してください。(2023.09.23)