Han Ping Chien
小さめのコイン6枚と、一回り大きなコインを1枚使用します。左手には小さなコインを3枚握り、残りの3枚と大きめのコイン1枚は右手に握ります。右手は握ったままテーブルの下に持って行きます。ここで、テーブルの上に残った左手を開きながら、手の平が下を向くようにテーブルに叩きつけます。すると、左手に握っていたはずの3枚のコインはテーブルを通り抜けたかのように消えてしまいます。テーブルの下からゆっくりと右手を出してきてテーブルの上で開くと、そこには6枚の小さなコインと1枚の大きなコインがあるのです。3枚同時の貫通現象です。
ハン・ピン・チェンと言えば、この作品またはこの作品に使われる技法を指すようになりましたが、この作品を生み出した中国人マジシャン・韩秉谦(Han Ping Chien)の名前がそのまま使われています。もちろん、本人がこの作品を発表した時にはハン・ピン・チェンという名前を付けていたわけではありません。彼が発表した時の作品の名前は「七星聚会」だったそうです。7つの星が集まるというような意味でしょうか。7枚のコインが集まる様子を表しているように感じます。中国には、日本の将棋のような「象棋(シャンチー)」というゲームがありますが、そのゲームを使った詰将棋的な手に「七星聚会」と呼ばれる有名な排局があるそうです。自分も相手も7枚ずつの駒が使われる配置で、韩秉谦は、これを作品のタイトルに引用したのかもしれません。
テーブルを貫通する現象はいくつかありますが、私のサイトでは以下のように分類しています。
Coins Through The Table | コイン・スルー・ザ・テーブル |
テーブル上のコインが1枚ずつ貫通する現象 | |
Han Pin Chien | ハン・ピン・チェン |
テーブル上のコインが複数枚同時に貫通する現象 | |
Kangaroo Coins | カンガルー・コイン |
コインがテーブルを貫通して、テーブル下のグラスに飛び込む現象 |
オリジナル・ハン・ピン・チェン・ムーブ
クラシック・マジック事典
p.20
韩秉谦(Han Ping Chien)のオリジナルの手順が解説されています。この手順で使われる特徴的な動きをハン・ピン・チェン・ムーブと呼び、この技法を直接的に利用したのがオリジナルの手順です。この作品のための技法とも言えるくらい直接的で、今では、技法名も作品名もハン・ピン・チェンと言えば通じます(韩秉谦の顔が浮かぶ人は残念ながら少ないと思いますが)。著者の松田道弘氏によると、1927年に発行されたウォルター・ギブソンの「ワールド・ベスト・ブック・オブ・マジック」が、活字で紹介された初めての手順ではないかとのことです。
テーブルの下に持っていく右手とテーブルに残す左手の距離が、ある程度離れたままであることを印象付けるうまい演出が施されてます。また、相手の心理を突いた絶妙なタイミングでの確認動作が、この作品の要になります。この後、さらにスマートな方法が発表され世界中に普及しましたが、その原型であるこの作品の力強さもまた魅力的です。(2015.11.23)
ダイ・バーノンの工夫「チャイニーズ・クラシック」
クラシック・マジック事典
p.23
バーノンにの手によって、ハン・ピン・チェンは、よりスマートな作品になりました。そして、その手順をルイス・ギャンソンが「The Dai Vernon Book of Magic」に掲載しました。これぞバーノン・タッチ、と本の冒頭で紹介した時の作品名が「チャイニーズ・クラシック」で、以降、この手順が世界的に有名になりました。韩秉谦(Han Ping Chien)のオリジナルは、7つのコインが集まることをイメージして作られている作品ですし、観客もそのつもりで見ているはずですので、中国では何の違和感も感じないものだと思われます。ただし「七星」が集まるというイメージがつかみにくい国の人には、なぜ4枚と3枚のコインを握るのか、いまいちピンとこない現象に映るのではないでしょうか?それが理由かどうかはわかりませんが、バーノンは7枚のコインのうちの1枚を指輪に変えることで現象をわかりやすくしています。また、この指輪が観客の意識をうまく方向付ける役割も担っています。原案よりも少し優しく演じられるようになっていますし、観客から見た現象もわかりやすくなっていますし、何よりもオリジナルのハン・ピン・チェン・ムーブを知っている多くのマジシャンを煙に巻いたほど、強力な不思議さを持っています。
オリジナルのムーブと比較してみることで、その良さがわかってくると思います。知れば知るほど納得の手順です。(2015.11.29)
コインズ・スルー・ザ・テーブル(3)
コインマジック事典
p.123
ほぼ、バーノンの「チャイニーズ・クラシック」の手順と言って良さそうです。ただし、指輪ではなくチャイニーズ・コインを使っています。6枚のハーフダラーと1枚のチャイニーズ・コインの組み合わせです。「チャイニーズ・クラシック」の名前を意識しているのでしょうか?特にストーリーを語らないなら、指輪の方が観客の注意は惹きつけやすいのではないかと思います。ところで、事典という性質上、簡潔に手順が記録されている本ですので、短いものなら1ページで解説されている作品もある中、この作品は6ページにわたって30枚以上のイラストを添える力の入れようです。それでもまだ2段階の解説に止めてあり、最後には3段目としてハン・ピン・チェンを使ってテーブル上で手から手へ移動させるとやまが作れるというアドバイスだけ添えられています。(2015.12.06)
Coins Through the Table
MODERN COIN MAGIC
p.190
4枚のハーフダラーを左手に握り込み、別の4枚のハーフダラーと1枚のクォーターを右手に握ります。右手はテーブルの下に移動して、貫通するコインを待ち構え、左手は手を開きながらテーブルに叩きつけます。その瞬間、テーブルの下では複数枚のコインがぶつかるチャリンという音が鳴り、貫通現象を耳で体感させます。テーブルに叩きつけた左手をゆっくりと開くとそこには何もなく、右手をテーブルの上に移動して拳を開くと、そこには9枚のコインが握られています。4枚同時の貫通現象です。
ハン・ピン・チェンをダイレクトに使った作品で、コインの枚数以外は、ほぼ原案と同じです。(2016.10.02)
Coins Through the Table (Second Version)
MODERN COIN MAGIC
p.192
前述の Coins through the Table のバリエーションです。と言っても、違うのは1箇所だけ。前述の方法では1箇所大胆な手段を用いています。この手段によって、クライマックス直前に右手が空である事を確認させる事ができます。実際に演じてみれば全く問題なく通用するのですが、ここが気になる人にとっては Second Version も選択肢のひとつです。ただし、Second Version では一連の動作と無関係な動きはなくなりますが、その分、右手が空である事を確認させる事は出来ませんし、どうしても手つきに違和感が出てしまう可能性が高まります。
あまり、このバージョンはお勧めできません。(2016.10.09)
Coins Through the Table (Third Version)
MODERN COIN MAGIC
p.192
前述の Coin through the Table の3つ目のバリエーションです。1つ目のバージョンとは使うコインが逆転し、8枚のクォーターと1枚のハーフダラーになっています。途中に出てくる技法を楽にするためにも、この変更は重要です。また、1つ目のバージョンでは、左右の手の中のコインの数を2度ずつ確認していますが、これが3つ目のバージョンでは左右1回ずつになっています。1つ目のバージョンでは、1度目には普通に確認して、2度目にはそれと同じ動きでありながらテクニックを使ってごまかしている、という流れです。マジシャンとしては、テクニックを使っているときにも「あやしくないでしょ?」とアピールしたくて、1度目の確認作業を入れているように感じます。しかし、観客から見ると、2回ずつ確認するのは煩わしいですし、かえって疑惑を招きかねません。その不要な確認作業をカットしたのは大きな改善です。
ぐっとスピーディーになっています。(2016.10.16)
Coins Through the Table (Fourth Version)
MODERN COIN MAGIC
p.192
前述の Coin through the Table の4つ目のバリエーションです。このバージョンでは作品の作者がクレジットされています。スチュアート・ジュダの作品だそうです。何度かこの手の作品を演じていくうちに、徐々に無駄がなくなって行き、自然にこの手順に落ち着くのではないかと思うような作品です。そのため、ちょっとテクニック志向の強い人には物足りなく映るかもしれません。観客からの目線を特に意識した手順で、過剰にあらためてしまうような無駄な部分がなく、むしろチラッと見えるコインが自然に放つ説得力を最大限に利用した作品で、現代マジシャンも大いに参考にするべきポイントを含んでいます。
シンプルで力強い印象の名手順です。(2016.10.23)
中国コインの伝説
テクニカルなコインマジック講座
p.81
荒木一郎氏による改案が解説されています。この本では16の作品が解説されていますが、その1番目がこの作品です。実はハン・ピン・チェン・ムーブを使わないのですが、複数枚の同時貫通という同じ現象を起こすので、ここに分類しました。チャイニーズクラシックのさらなる改案といったところです。3段構成になっており、一見同じような現象を3回続けているようですが、手順を徐々にシンプルにしていくことで、段々と不可能性が高まっていくように作られています。上から下に移動したり、下から上に移動したり、変化をつけているので、観客も飽きずに最後まで楽しめる流れです。
シンプルで力強い印象の名手順です。(2016.10.23)付属のDVDで本人の実演が見られます。また、ハン・ピン・チェン・ムーブについては、付属のDVDで上口龍生氏による実演・解説が見られます。(2016.11.13)
手から手へ移るコイン(1)
奇術入門シリーズ コインマジック
p.57
テーブルの貫通現象としてではなく、手から手への移動現象として見せる作品です。6枚の銀貨と1枚の銅貨を使って、ハン・ピン・チェン・ムーブをダイレクトに利用しつつ、両手は常にテーブルの上にあります。下手にやるとトリックアウトしかねない状況ですが、両手を見せたままのこの手順を自信を持って演じられるかどうかが、演者の技量の試金石になるかもしれません。これができれば他の手順も効果的に演じられるでしょう。ハン・ピン・チェン・ムーブの練習のための作品としてコンパクトにまとめられています。また、コンパクトながら「なぜ両手のコインを確認するのか」という疑問を持たれないように、ちょっとした工夫を取り込んでいるのも特筆すべきところです。この工夫の部分には若干の古臭さを感じますが、そこは演者の個性に合わせて変更すれば良いことで、とにかくこういう工夫を入れることが重要です。
3ページほどの説明ですが、15のステップに分け、全ステップにイラストを添えた充実の内容です。また、技法として使うハン・ピン・チェン・ムーブについても、同書の52ページから、5ページを費やして15枚のイラストを添えて詳しく解説されています。(2016.11.19)
ハン・ピン・チェン・ムーブ
基礎からはじめるコインマジック
p.61
高木重朗氏に教わった手順を元に、二川滋夫氏が工夫を加えた作品です。チャイニーズ・クラシックの手順に高木氏が工夫を加え、さらに二川氏が工夫を加えたものだと思われます。どの部分が高木氏で、どの部分が二川氏によるものかはわかりませんが、お二人の配慮が細部にまで行き渡った作品です。左右の手に握られたコインの枚数を、観客に見えるように確認する手順こそが、この作品の1番の特徴ですが、観客が気にしてもいない状況で突然枚数の確認手順を踏むと、かえって怪しさだけが残ってしまいます。そんなことにまで配慮して、まずは観客の心を誘導するための一工夫から始まります。また、コインをテーブルに叩きつける動作についても、コインの枚数を確認するための動作なのだから、強く叩きつけるよりは、軽く示すくらいで良い、とアドバイスしています。
違和感を感じさせないために工夫を凝らしたという印象です。15枚のイラストを添えた7ページにわたる解説で、読者に対しても配慮されています。(2018.04.29)
金と銀
〜Gold and Silver〜
コイン・マジックへの誘い
p.61
気賀康夫氏によって原案がさらに洗練された作品が解説されています。決して欠点を論って改案を主張するのではなく、原案へのリスペクトをもって変更を加えています。合理的な意味も理解しつつ、「できることなら避けたい箇所」として一点だけあげ、それを避けるためのルーティンを組んだ手順になっています。それはコインを握った両拳を接触させるという、わざと怪しく見せる動作です。ハン・ピン・チェンを行うために当然のように取り入れられてきた動作で、演じ方によってはユーモアとして演出できるのかもしれませんが、見る人によっては挑戦的に感じられる面があるので、特に日本では「避けたい」と思うケースが多いと感じます。ユーモアのセンスが合わなければ、挑戦的で怪しく見える動作ですので、誰を相手にしても演じられるような作品に昇華させたとも言えるでしょうか。
見終わった後に「あの手順がない」ということに気が付かないくらい、自然に避けられています。まさに、洗練された作品です。(2022.03.13)