脳はすすんでだまされたがる
「脳はすすんでだまされる」という見出しには否定的な感情をもたれるかもしれませんが、実際のところ、この表現は決して間違ってはいません。人の目は、網膜からの入力を脳に伝える事でものを見ているわけですが、その経路は約100万本の神経(軸索)です。つまり100万画素のカメラのようなものです。入力機器としては安価なデジカメの方がよっぽど性能が高いにも関わらず、現実世界をこれほどまでクリアに見られるのは、網膜から入力されていない部分まで脳が補正しているからです。この補正能力こそが、人の高度な活動を支えています。しかし、言い換えれば、過去の経験に脳がだまされいるともいえます。人は何を見ると何を補ってしまうのでしょうか?逆に、どういう条件で大きな見落としをしてしまうのでしょうか?
サブタイトルは「マジックが解き明かす錯覚の不思議」。著者の二人 スティーブン・L・マクニックとスサナ・マルティネス=コンデは、視覚神経学者であり、2007年にはラスベガスで国際意識科学界(ASSC)で議長を務めることになりました。ASSCは、「意識」とはどこから生まれてくるものなのか、様々な方向から答えを探ろうとする団体です。毎年、心理学・神経科学・脳科学・人工知能研究・認知科学などといった様々な分野のスペシャリストによる発表が行われます。著者の二人は、神経科学を一般に広める面白いアイディアはないかと模索を始めます。そこで彼らの行き着いたのが、科学者が集まるASSCの場で、プロのマジシャンにレクチャーをしてもらうという発想でした。科学者は、人の意識について長年かけて研究をしているわけですが、そもそもマジシャンたちは、その意識というものをコントロールするのが仕事です。マジシャンたちのノウハウこそ、ASSCに集まる科学者たちが長年かけて研究している事なのです。
この本では、著者の二人がマジシャンたちの協力を得ながら理解を深めていく過程とともに、錯覚のメカニズムを科学的に説明してくれます。また、マジックの知識など何もなかった彼らが、マジックキャッスルのオーディションを受けるというサイドストーリーも楽しめます。勉強になり、楽しめる、そんな良書です。
なお、2007年のASSCに参加された方の記事を見つけましたので、リンクを貼らせていただきました。 pooneilの脳科学論文コメント
レビュー
スティーブン・L・マクニック
スサナ・マルティネス=コンデ
サンドラ・ブレイクスリー
角川書店