garamanのマジック研究室

いかさまトランプ師の冒険

ジャン・ジオノが生み出した独特な物語、「Les Grands Chemins」の日本語訳です。ジャン・ジオノというと、日本ではアニメ映画「木を植えた男」の原作者としての方が有名でしょうか。この小説は250ページ以上のボリュームですが、章立てがありません。淡々と時系列に沿って進行していきます。また括弧で表現された台詞部分とは別に、地の文章にも会話が埋め込まれていて、かなり読みにくい文章です。ですが、それが意外な効果をもたらしてくれるようです。気が付けば、1つの舞台を色々な視点から眺めていたり、自然に主人公の心の中に入り込んでいたりするという、不思議な感覚を受けます。入り込むと言っても、共感しているわけではないのが独特なところです。

主人公の「私」は、人当たりの良い面立ちで、どこへ行っても現地に溶け込み、裕福ではないにしても幸せに暮らす事のできる普通の男。ある日、トランプのいかさまで生計を立てる目つきの悪い男に出会い、奇妙な友情関係が始まる。目つきの悪いその男は、巧みな指先でギターも弾きこなし、不思議な魅力を放っているものの、嘘つきで泥棒で、いわゆるどうしようもない奴。でも「私」は彼を「アーティスト」と呼び、名前も知らぬまま目の離せない存在になっていく。いくつかの事件を経て、「私」と「アーティスト」はいつしか心の底の方で繋がっていき、名前も知らないまま、「私」は」「アーティスト」の心が分かるようになっていく。理解したわけではない。ただ感じるようにわかるのだ。いかさまを疑われ、手が使えなくなるまで痛めつけられた「アーティスト」の心の闇。彼は何も語らないが、「私」は感じている。分かる。虚構渦巻く現実社会の中で、真実を語る「アーティスト」のいかさまが、私の心を突き動かし、「私」は心を込めて「アーティスト」を撃ち殺した。

※ この文章は私が勝手なイメージで書いたもので、小説を正しく表現しているものではありません。

主人公の「私」は、確かに「アーティスト」を撃ち殺します。でも理由は小説内では語られていません。そもそもきっかけとなった事件も、なぜ起こったのか、謎解きはありません。ただ淡々と事が起こっていくのです。なぜそうなるのか登場人物たちの心がどう動いていたのかは、読者が心の中で紡いでいくしかないのです。この作品の印象は、人によって大きく異なるでしょうが、その印象自体が、読者自身の心を反映している事にもなります。作品そのものが1つのマジックのようです。

Jean Giono
酒井 由紀代(訳)
河出書房出版社

レビュー

なし