日本奇術文化史
1997年05月27日に、国から「記録作成等の措置を講ずべき無形文化財」として指定された「和妻」。それを受けて、2011年から2015年にかけて、文化庁補助事業として日本奇術文化史の刊行に向けた作業が行われました。当初のタイトルは「和妻」という単語が使われる予定だったそうですが、あえて「奇術」が使われています。そのあたりの紆余曲折は、実際に手に取ってお読み下さい。さて、この本の特徴ですが、個人的な見解をまとめたものではなく、過去にたくさんの研究家が発表してきた様々な論考を紹介しつつも、決して鵜呑みにするのでも盲信するのでもなく、しっかりと検証を重ねています。当たり前のことではありますが、これを実施するには相当なインプットが必要です。私たちは本の形になったものを拝読するだけですが、それをまとめるのに一体何倍の資料を読み解いているのでしょうか。頭の下がる思いです。今まで盲目的に信じられていたことも、改めて検証を重ねることで違和感を指摘する場面も多数あります。それは、マジックの世界史で、ベニハッサンの壁画をマジックのワンシーンだとする説が、まことしやかに語られていたのと似ています。和妻の価値を無理に高めようとするような論調は一切なく、冷静な分析がなされていることに好感が持てます。
全体の構成としては「日本奇術の歴史」「日本奇術演目図説」「資料編」の3部構成です。「日本奇術の歴史」では、その始まりから西洋奇術の流れに移り変わっていくまでをまとめてあり、参考文献の多さに圧倒されます。つづく「日本奇術演目図説」では、じつに409種類もの演目をあげ、そのうち234演目を図説しています。最後の「資料編」は、江戸時代の主な伝授本に焦点を当てて、細かく解説が施されていたり、200種類の伝授本を目録として表にまとめていたり、と河合氏だからこそ成し遂げられた、圧倒的な情報量です。それ以外にも、和妻に関する用語集や、約500名にもなる人名事典など、充実の資料集になっています。
そんな一大事業ではありましたが、文化庁の補助事業ですから一般に販売されることはなく、300部の限定出版でした。関係者や各地の図書館などに寄贈されるのみだったようです。ところが、その後、販売の許可が出たようで、若干の加筆・訂正を経て、東京堂出版から一般に販売されることが決まりました。内容を考えれば、12,000円という価格設定は決して高いものではありません。