garamanのマジック研究室

妖怪手品の時代

「妖怪手品」という聞きなれない言葉がタイトルになっています。著者の定義によると「幽霊出現などの怪奇現象を、種や仕掛けによって人為的に作り出す娯楽」とのこと。江戸時代の手品伝授本などでは、手練を要する本格的な手品だけでなく、手慰み程度のちょっとした手品、さらにはいたずらの延長のような悪ふざけ(?)まで様々なものが存在します。環中仙著「さんげ袋」には「座敷へ天狗を呼ぶ事」という手品(術?)が解説されていますが、これには天狗に変装する方法が書いてあります。つまり天狗の格好をして座敷に飛び出して驚かせるというものです。天狗の格好をしているとはいえ、知り合いが待つ座敷に飛び出すのですから、一瞬驚いた後には大きな笑いに包まれたのでしょう。この手の楽しみにはなぜか、妖怪や化け物といった題材が扱われる事が多いようですが、西洋では幽霊が中心になっています。いずれにしても心のうちに潜む恐怖心をうまく利用したマジックです。今の時代、リビングに天狗のお面を被ったお父さんが現れても、江戸時代ほどには受けません。これは、同じ現象を起こしてもその時代の感性がなければマジックとして成立しない事を意味しているわけで、観客の認知がなければマジックは起こらないという事を端的にあらわしています。マジックは観客の心の中に起こっているのです。

「ペッパーの幽霊」や「スフィンクス」など有名な作品が「妖怪手品」として取り上げられていたのは期待通りでしたが、江戸川乱歩を妖怪手品師として分析されていたのは新鮮な驚きでした。

今では悪ふざけと思えるようなことが、一昔前には本当の魔法のように受け入れられていた例もあります。「妖怪手品」という括りで分析してみると、認知心理学的にも面白い発見がありそうです。

横山 泰子
青弓社

レビュー

なし