幻惑の死と使途
「粘塑性流体の数値解析手法」の研究を手がけていた元国立大学助教授が書いた小説です。と言っても間違いではないですが、もう少し素直に書きますと、1996年に『全てがFになる』で第一回メフィスト賞を受賞された推理小説家・森博嗣氏の作品です。S&Mシリーズの6作目にあたり、ちょうど登場人物のキャラクターも完成されてきた頃の作品です。600ページ近い作品ですが、登場人物のとぼけた会話のせいか、軽快な文章のなせる業か、最後まで一気にサラッと読めます。
それでは作品の紹介です。
いかなる状況からでも脱出してみせるという天才奇術師・有里匠幻。ある公園に野外ステージを設置し、大掛かりなイリュージョンが始まった。ロープや鎖で体を固定された有里匠幻は、箱に入れられさらに鎖と錠で封印される。脱出の舞台となるその箱は、ステージ上から、公園の池に浮かぶ筏へとクレーンで移される。筏の上の箱が数秒で大爆発を起こすより早く、脱出できるのか。。。固唾を呑んで見守る観客の期待をよそに、脱出しないまま箱は大爆発。不安に包まれた観客の視線は、クレーンでステージに戻された箱に向けられている。とそのとき、象徴的なドライアイスの煙と共に箱の蓋が開き、そこには真っ赤な衣装に身を包み、胸には白い花を抱えた有里匠幻の姿があった。脱出とみせかけて、大爆発からの奇蹟の復活、となるはずだった。しかし復活したはずの彼の胸には、銀のナイフが刺さっていた。密室でのイリュージョン中に、彼はどこで誰にどうやって殺されたのか。操作が始まろうとした矢先、今度は霊柩車から彼の遺体が消失する。謎が謎を呼ぶ展開に、犀川・西之園の理系師弟コンビはどう挑むのか。
ストーリー展開以外でもこの作品では面白い試みが施されています。この小説には奇数章しか存在しません。1章の次は3章です。またそれぞれの章のタイトルには必ず「奇」の文字が含まれています。「奇怪な消失」や「奇跡の名前」というように。それが意味することは。。。
私ははじめ「奇術がテーマだからだろうな」と軽く見ていたのですが、次の小説『夏のレプリカ』が偶数章だけからなる小説である事を知って驚きました。この2冊は同時進行で起きている物語だったのです。『幻惑の死と使途』では西之園萌絵の友人である簑沢杜萌と連絡がつかなくなるシーンがあり、不安を煽っていたにも関わらず、その理由はストーリー展開には無関係に思われました。しかしそれもそのはず、簑沢は『夏のレプリカ』で、別の事件に巻き込まれていたのでした。こちらはマジックとは無関係ですが、併せて読むと面白いです。
電子書籍版もあります。
レビュー
なし