歯と爪
1955年に発表されたビル・S・バリンジャーの名作ミステリ「The Tooth and The Nail」の翻訳版。一度1977年に翻訳されていますが、その後2010年に再び新版が登場しました。この作品、著者はよっぽどの自信があったらしく、結末に向かう最後の1/4ほどのページを袋とじにして「ここまで読んでもこの先が気にならないようなら、袋とじを開けずに送り返してくれれば、全額返金します!」と強気の返金保障システムを採用しています。このシステムは日本語翻訳版でもそのまま採用されました。ただ、その強気が裏目に出たのか、本の帯にも「返金保障」と大々的に表示され、「最後の一ページの驚くべき大トリック」という常套句を添えて刊行されたため、トリックの趣向や意外な結末ばかりに、読者をミスリードしてしまったきらいがあります。
その反省を踏まえて、2010年に発行された新版では、過剰な演出を控えたありのままの作品となりました。新版と言っても、本文の翻訳に大きな変更はなく、販売時のプレゼンテーションを変更することになったわけです。余計なミスリードなくこの本を読めば、単なるミステリではなく、サスペンスでもあり、純愛ストーリーでもあるこの作品を、そのままに楽しめるのではないでしょうか。
今回は、プロローグの一部を引用します。
生前、彼は奇術師だった -- ハリー・フーディニやサーストンと同じような奇術師、魔術師で、その方面では素晴らしい才能を持っていた。ただ、早死にしたため、ハリーやサーストンほど有名にならなかっただけだ。だが彼は、これらの名人すら試みなかったような一大奇術をやってのけた。
歯と爪 - プロローグ
まず第一に彼は、ある殺人犯人に対して復讐をなしとげた。
第二に彼は殺人を犯した。
そして第三に彼は、その策略工作のなかで自分も殺されたのである。
この小説は典型的なカット・バック手法を採用しています。奇数章では「罪体なき殺人事件の裁判」が行われ、検事と弁護士の緊迫したやり取りが続きます。偶数章では「奇術師リュウ・マウンテンの奇妙な出会いから始まる、愛と復讐のストーリー」が展開されます。この一見無関係なふたつのストーリーが最後につながり、意外なクライマックスへと誘います。
ところで、この作品はあくまでも 1955年に発表されたものです。「カット・バック手法」の先駆けのような作品で、当時は、この手法自体がスリリングな展開を演出する大きなウリだったのです。また、DNA鑑定が当たり前の今では成立しないトリックも出てきます。現代の感覚で読むと損をしますので、一度、頭を1955年にタイムスリップさせてからお楽しみください。
レビュー
なし