garamanのマジック研究室

手妻のはなし

『魏志倭人伝』に次のような記述があります。

名曰卑彌呼事鬼道能惑衆。 魏志倭人伝

「名をヒミコと言い、鬼道につかえ、よく衆を惑わす。」果たして卑弥呼が行なった鬼道とはどのようなものだったのでしょうか。単なるお呪いや予言の類なら、現代よりももっと普及していたはずですから、ここまで後世に語り継がれる事も無かったでしょう。また、「衆を惑わす」という以上は、驚くべき現象を引き起こしたに違いありません。本物の超能力というものが存在するのなら話は別ですが、存在しないのなら、鬼道には奇術の要素を少なからず取り入れているはずです。

日本における奇術の原点がいつなのかは定かではありませんが、少なくとも奈良時代には『散楽』と呼ばれる芸能の一部として奇術が演じられています。以降、今日に至るまで連綿と引き継がれてきた日本オリジナルの奇術を『和妻』と呼びます。本のタイトルには『失われた日本の奇術』と銘打たれていますが、決して失われてはいません。西洋マジックが流行りだして急速に廃れていったのは確かですが、途切れずにしっかりと現在まで受け継がれているのです。現代に和妻を存続させているその立役者こそ、著者の藤山新太郎氏です。FISM に何度もゲスト出演していらっしゃるので、このページを読んでいるくらいなら既にご存知の方も多いでしょう。

和妻の歴史はいくつかの文献に見られますが、演じ手本人の生のお話が読める本はそうありません。この文化が過去のものではなく、現存しているという事が素晴らしい。

藤山 新太郎
新潮選書

レビュー

なし