garamanのマジック研究室

写楽百面相

松平定信老中が推し進めた寛政の改革により、幕府に対する批判が禁止され、蘭学は排除され、贅沢品や娯楽を取り締まり倹約が徹底された。その取り締まりは徹底を極め、写楽の浮世絵を世に送り出した蔦屋 重三郎(つたや じゅうざぶろう)は全財産の半分を取られ、洒落本作者の山東 京伝(さんとう きょうでん)に至っては手鎖50日という厳罰を受ける程だった。そんな時代の中、版元である若旦那、花屋二三(はなや にさ)もまた、苦労しながらも親の代から続く「誹風柳多留」の25編目を出版するに至る。俳句の世界もいずれ取締りの対象になろうかという時代である。倹約の名の元に次々と芸能文化が排除されていく中、突如、豪華な役者絵が出回った。独特な構図で異様な雰囲気を放つ、雲母刷りの豪華な役者絵を描いたのは、東洲斎写楽と名乗る謎の人物。写楽は僅か10ヶ月の間に140枚の役者絵を残し、正体を悟られる事なく忽然とその姿を消した。花屋二三は、心奪われた芸者の謎の死を追いかけているなか、写楽の謎に触れ、その正体を追いかけていく。さらに幕府と禁裏を揺るがす大事件にも巻き込まれ、その全てが一本の糸で繋がっている事に気付く。

1993年、新潮書き下ろし時代小説として単行本の形で発行されました。紋章上絵師・奇術師・作家の顔を併せ持つ著者の全てを捧げた渾身の一冊、といっても過言ではないでしょう。泡坂妻夫氏の洒脱な文章が、読者を江戸の粋な世界に誘います。

寛政の改革という時代背景や、写楽の正体が未だに謎である事、当時江戸や大阪で活躍していた数々の役者・芸人・俳諧人の名前など、その多くは事実です。そこにさらなる謎を加え、数人のキャラクターを添える事で、これほどまでに全てが繋がっていくものかと驚嘆せずにはいられません。芝居・黄表紙・手妻・カラクリ・川柳・相撲、当時の江戸の粋な文化を、まるでそこに居るかのように体感させてくれる小説です。

1996年、新潮文庫として再刊行されています。

さらに2005年、文春文庫として再々刊行されています。

泡坂 妻夫
文春文庫

レビュー

なし